事実の分岐と判断の分岐

まあそりゃそうだよね、という話です。

現場に何か組織的な判断させようとすると判断分岐のフローがないとできないコールがすさまじいことになります。
本人にとってどうかという判断しか普段しないのであれば仕方ないような気もします。

フローがある場合にそれが事実の分岐なのか判断の分岐なのかをひとつの性質として押さえておく癖があります。
それが何かという問は年がら年中しているわけですが、そのひとつです。
形がそれでも中身がそれじゃないけど何がそれじゃないのかわからないのひとつがこの性質を区別できるかだと感じています。

本人以外の軸を育てないのはその人の責任ですが、組織の判断基準を刷り込むのは組織の責任ですので巧くはまると早いです。
はまらないと大変ですけどね

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